部隊の歴史〜19世紀前編@〜
フランスにおける外国人傭兵の歴史は、ルイ14世(1638-1715)や、ナポレオン1世(1769-1821)がヨーロッパ征服やエジプト遠征に導入した時代までさかのぼる。

1830年に始まったアルジェリア占領により、フランス国内で犯罪者と化す多くの難民や外国人に対する政策と、この戦争で死傷した多大のフランス軍将兵を補うという目的で、1831年3月9日に採決され、翌日10日、時のフランス王、ルイ・フィリップ(在位 1830〜1848)の署名により外人部隊が創設される
1831 〜 1857年 アルジェリア側勢力鎮圧のため各部隊を派遣
1831 〜 1833年 旧外人部隊(Ancienne Legion)
1835 〜 1837年 新外人部隊(Nouvelle Legion)
1837 〜 1855年 第1外人連隊(1er Regiment de Legion)
1837 〜 1855年 第2外人連隊(2eme Regiment de Legion)
1855 〜 1859年 第2外人部隊(2eme Legion etrangere)
戦死者 844名。
1832年 7個大隊創設
第1大隊 - スイス人編成
第2,第3大隊- スイス人、ドイツ人編成
第4大隊 - スペイン人編成
第5大隊 - イタリア人編成
第6大隊 - ベルギー、オランダ人編成
第7大隊 - ポーランド人編成
1834年8月 外人部隊旗アルジェリアに到着
コンベ大佐(colonel Combes)の手によりアルジェリアに到着。
この軍旗は国王の息子で長男のオルレアン公より送られたもので、
"Le Roi des francais a la Legion etrangere"(フランス人の王より外人部隊に)
と記されていた。
最初の外人部隊の標語 "Valeur et discipline"(勇気と規律)が制定される。
(1920年に"Honneur et fidelite"(名誉と忠誠)に変更。
スペイン遠征
1835年6月29日 スペイン大使とイザベル2世の支援に関する協定が結ばれるが、それにもかかわらず、約4000名の外人部隊兵がスペインに譲渡されることになる。
12月8日 外人部隊兵に解雇命令が出される。
1838年 フランスに返還されたのは63名の将校と、500名の兵士だけだった。
1835 〜 1839年の間 戦死者 1103名
この遠征の間、外人部隊兵の統一を図るためバーネル将軍( general Bernelle)により、それまでの同じ国籍の者同士で部隊を編成するシステムではなく、現在も続いている、多国籍の混成部隊方式が取られる。
そして命令時はフランス語の使用が規定される。
